本記事では着床前診断(PGT-A)の教科書的な説明ではなく、より深く掘り下げて本当に知りたい実践的な内容を解説したいと思います。
メリット・デメリット
現状、体外受精治療中にPGT-Aの恩恵を最も受けられるのは、帝王切開や筋腫で子宮の手術歴があるなど多胎を避けなければいけない方だと感じています。
極端な例ですが、12個同時に胚移植したとします。1個ずつ移植すると12か月(1年)かかりますが、12胚移植であれば効率よく時短できます。1個は赤ちゃんになり、2個は妊娠初期に流産になり、他9個が着床しなかった場合、流産した2個は赤ちゃんの成長とともに壁に押し潰されて自然吸収され、最終的には元気な一人の赤ちゃんが生まれます。しかし、12胚移植はこのようにうまくいくケースばかりではなく、三つ子や四つ子になってしまい、母児ともに危険な妊娠経過になる可能性もあります。PGT-Aでは妊娠の可能性が高い胚1個に絞って移植できるため、多胎を避けることができます。
PGT-Aの適応条件が「2回胚移植不成功」とされていることに対し、2回も悲しい経験をしたり時間をロスする前に、最初からPGT-Aを受けたいという意見は多々あるようですが、妊娠率だけを考えれば複数胚移植することが最も効率のよい方法です。
PGT-Aでは胚が生検ダメージを受けダメになってしまったり、本来は赤ちゃんになりうる胚であったにも関わらずモザイクなど悩ましい判定結果で廃棄してしまうリスクもあります。
過去最高評価のAA胚盤胞が得られたとき、わざわざ生検する必要はあるのでしょうか?赤ちゃんになる確率は高そうなので、そのまま移植するのもありでしょう。反対にCC胚しか得られなかったときは検査に出さず、より高評価の胚を目指して再度採卵をした方がいいかもしれません。限られた費用で数少ない細胞から異数性を判断するのは技術的にもまだ不完全な部分があったり、PGT-Aは絶対的に妊娠を手助けしてくれる検査でもありません。
実施施設と費用
PGT-Aを受けると決めた場合は臨床遺伝専門医の在籍する施設で受けることをお勧めします。
臨床遺伝専門医は我々不妊治療を専門とする医師の間で最難関資格です。生殖医療専門医よりはるかに難しいです。
普通に不妊治療を行っている医師は遺伝の知識が乏しいのが現実です。最低限、臨床遺伝専門医を取得できるレベルの知識がないと着床前診断を理解するのは困難です。
費用は1個5万円が相場です。検査会社は数えるほどしかなく、どこの病院・クリニックも細胞の提出先は一緒です。すなわち、施設側が負担する費用は全国どこも変わりません。10万円に設定している施設も見受けられますが、本当にそのような施設で治療を受けるメリットがあるのかはよく考える必要があります。
産み分け
性別はわかるのかという質問もよくあります。
2022年1月9日に日本産科婦人科学会からルールが定められ、検査機関から不妊治療施設への報告書に性染色は原則記載されないことになりました。性染色体に何らかの異常がある場合に限り情報提供されます。以上より、産み分けはできません。
それと、ダウン症はわかるのかという質問もよくあります。ダウン症候群は21番染色体が1本分多いことが原因ですので、PGT-Aでわかります。PGT-Aは流産や着床しないことを避けるために異数性のない胚(いわゆる正常胚)を移植することが目的であり、ダウン症を避けることが目的ではなく、出生前診断の代わりに利用してよい検査ではないことに留意してください。
正常胚の妊娠率
今後、PGT-A実施希望施設ではホームページで治療成績を公開するよう義務化される動きもあるようです。
妊娠率の低い施設はひたすら成績を隠しています。
PGT-Aで異数性なしと判断された正常胚(正常卵)であっても着床しないのは、移植を担当する医師の手技に問題があるケースはかなり多くあると考えています。染色体よりもっと細かい遺伝子レベルの問題で異数性がなくても妊娠しない胚もあると推測されますが、誰が胚移植するかで本当に妊娠の確率が変わります。保険適用も相まって、今後成績の公開はより加速化していくでしょう。結果を出せない施設は淘汰され、業界全体が健全化されることを願ってやみません。